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映画『冤罪のつくりかた』の整音・MA|劇場公開を見据えた5.1ch音響仕上げ

映画『冤罪のつくりかた』の本編整音・MA、そして劇場公開を想定した5.1ch音響仕上げをHybrid Sound Reformで担当しました。



今回の仕事は、撮影直後や編集途中から参加したものではありません。BGMやSEまでほぼ組み込まれ、一度は完成し、すでに試写も行われた状態からのスタートでした。


監督と編集者の双方が、完成した作品の「音」に何か違和感を感じていたことが、今回ご相談をいただいたきっかけです。


最初に編集担当の方から作品を共有していただき、翌日には監督を交えたオンラインミーティングを行いました。そこで求められたのは、


「この作品の音を、率直にどう思いますか?」

という、とてもシンプルな質問でした。



映画『冤罪のつくりかた』予告編




完成している映画でも、音にはまだ改善できる余地がある


最初に全体を確認して感じたのは、派手なミックス以前に、まず基礎的な整音部分でもう一段ブラッシュアップできる余地がある、ということでした。


クリックノイズなど、私なら最終マスターには残さない細かなノイズ。ロケーションや役者ごとに微妙に異なる声質。ラベリアマイクのワイヤレス伝送状態による品質差。そして、ブームマイクとラベリアマイクの使い方によって変化するセリフの距離感や反響感。




ブームマイク自体はプロの録音による安定した品質でした。


一方、ラベリアマイクについては、ワイヤレス通信の状態やマイク位置、役者の大きな発声などによって、長編全体の中では一部使用が難しい素材も存在しました。特に絶叫や恫喝のような強い演技では、軽微なクリッピングが発生しているカットもあります。


音声修復技術は進歩していますが、失われた情報を何でも完全に元へ戻せるわけではありません。


そのため、ブームとラベリアのどちらを、どの程度使うのか。そして使えるラベリア素材をどこまで自然な状態へ整えるのか。ここが今回のセリフ整音における一つの重要なポイントになりました。



セリフを「きれいにする」だけでは映画の音にならない


今回、特に重視したのは、セリフの明瞭度、BGMと連携した人物の心情表現、そしてシーンごとのリアリティです。


セリフ処理というと、ノイズ除去やEQ、コンプレッサーといった技術の話になりがちです。実際、今回もiZotope RXをはじめ、FabFilter Pro-Q4、UAD Pultec EQP1-A、Waves Clarity Vx DeReverb Proなどを必要に応じて使用しています。


しかし、重要なのはプラグインそのものではありません。


同じ人物のセリフでも、マイクの角度や位置が少し変われば声の印象は変化します。特に長編作品では撮影日数も長くなるため、収録条件を完全に一定に保つことは簡単ではありません。


そのため、一人の役者に一つのEQ設定を作って終わり、というわけにはいきません。シーンごと、場合によってはカットごとに声質を確認し、「観客が違和感を覚えないこと」を基準に細かな調整を重ねていきます。


ときには、一つの単語の中でも立たせたい単語に局所的にボリュームフェードを書くこともあります。逆にBGMやSEとの関係によって、単純にセリフだけを大きくすれば良いわけでもありません。映画の音は常に、画面の中にある他の要素との関係で決まります。



アクション映画では「音のタイミング」も演技の一部になる


『冤罪のつくりかた』では、アクション要素の音も重要でした。銃声、弾丸が壁へ当たる音、パンチ、そして芝居上重要になる小さなペン回しの音。


多くのSEはすでに前工程で丁寧に用意されていたため、それらを基本的には活かしています。一方、画と音が数フレームずれるだけでも、アクションの印象は大きく変わります。銃弾やパンチなどは特にその差が顕著です。


そのため監督からのリクエストを受けながら、SEの位置を細かく調整したり、必要に応じて新しい音を追加したりしました。実際の現場収録ではほとんど拾えない小さな芝居の音を、後から効果音として加えることもあります。


それは現実には存在しない音を派手に足すというより、「観客に何を見せたいのか」を音によって補助する作業です。



5.1chで目指したのは「後ろから音を出すこと」ではない


今回、初期段階から5.1ch仕上げの希望がありました。


サラウンドというと、後方から音が聞こえること自体を特徴として捉えられがちです。しかし、今回目指したのは「後ろからたくさん音を出すこと」ではありません。役者を中心として、画面の奥行きを感じられる空間を作ること。それを基本にしています。


人物が画面の左右を移動する場面では、必要に応じてセリフの位置も追従させます。後方から射撃される場面では、その方向性を音にも反映します。


一方で、心情を表現するBGMでは、単純に正面のL/Rだけで鳴らさず、観客を取り囲む空間の一部として配置することもあります。泊監督がホラー作品も手掛けてきた方ということもあり、緊張感や人物の心理へ寄り添う音楽が印象的に使われています。


そうした楽曲は5.1ch空間との相性も良く、人物の心情へ観客を引き込む重要な要素になりました。逆に、オープニングやエンディングではあえてステレオ感を残すなど、すべてをサラウンド化しないことでメリハリも付けています。




劇場公開だけでなく、その後の動画配信まで考える



『冤罪のつくりかた』は劇場公開だけで完結する作品ではなく、その後の動画配信も視野に入れた作品です。


Amazon Prime VideoやU-NEXTといった国内で広く利用されている配信サービス、そして将来的にはNetflixのような大規模な動画配信プラットフォームへ作品を届ける可能性も見据えています。


そこで重要になるのが、5.1ch版だけを良くするのではなく、ステレオ2.0でも作品としてしっかり成立させることです。


映画館では5.1chのスピーカー環境で体験される作品も、配信になれば視聴環境は一気に広がります。スマートTV、ラップトップ、タブレット、ヘッドフォン、場合によってはスマートフォン。劇場のように管理された再生環境だけで作品が見られるわけではありません。


だからこそ、劇場向け5.1chミックスの迫力や空間性を追求する一方で、ステレオ配信でもセリフ、BGM、SE、演出意図が崩れないことを重要な条件として考えました。



5.1chから2.0へ戻したときに初めて見える問題もある


今回、5.1ch版とは別にステレオ2.0版も確認しています。そこで興味深かったのが、リアチャンネルへ強く配置した要素の一部が、2.0へダウンミックスすると想像以上に小さく感じられたことでした。


たとえば、ほぼ後方から聞こえるよう設計したノック音。あるいは、どこから聞こえているのか分からない不気味さを演出するため、あえてリア寄りへ配置した声。5.1chでは成立していても、ステレオへ変換したときには存在感が変わります。


これは単なる「フォーマット変換」の問題ではありません。同じ映画でも、劇場の5.1chと動画配信のステレオでは、観客へ届く音の印象そのものが変わる可能性があります。


今回は監督や編集者が日常的にラップトップやヘッドフォンを使って確認していたこともあり、そうした環境での感覚も重要な判断材料にしました。必要に応じて5.1ch側そのものも微調整しながら、2.0へ変換したときにも演出上重要な音が失われないよう確認しています。


また、5.1chと2.0では最終的なラウドネスもそれぞれ別に仕上げました。


現在でも、5.1ch制作中にどこまで2.0互換性を確認するのが最良かについては、私自身まだ試行錯誤しています。もちろん、それぞれ別のプロジェクトにて仕上げるのが理想ですが、限られたバジェットの自主制作映画を手伝う場合、現実的ではありません。


ただし一つ確実に言えるのは、「変換した2.0版も、必ず全編再生して確認する」という工程です。


劇場公開と動画配信の両方を想定する作品では、どちらか片方だけが良ければいいわけではありません。サラウンドの映画館でも、ステレオのTVやPCでも、作品のドラマがきちんと伝わること。それを今回の最終マスターでは重要なゴールの一つとしました。



別作品の劇場チェックから得た、もう一つの大きな学び



今回の制作終盤には、偶然もう一つ重要な経験が重なりました。別作品の5.1ch版を、実際の映画館環境で再生確認する機会があったのです。


そこで、自宅の5.1ch環境と映画館との差をかなり明確に感じました。


まず、高域を中心に音の角が取れ、全体が落ち着いて聞こえること。次に、スピーカー間の物理距離が大きくなることで、サイドやリアへ配置した音の「密度」が薄く感じられること。再生音量自体も作業環境より控えめに感じられ、音のパンチやエッジが出にくいこと。そして、センター付近で聴いていても、リアチャンネルの存在感が想像より弱く感じられたこと。


もちろん、これは一つの映画館での経験です。すべての劇場が同じ特性だと言うつもりはありません。ただ、これまで劇場公開作品を担当する中で薄々感じていたことが、かなり具体的な感覚として確認できました。



その経験を『冤罪のつくりかた』の最終マスターにも反映した


その劇場チェックを行ったのは、『冤罪のつくりかた』の最終マスター直前でした。そこで得た感覚をもとに、5.1ch版の最終仕上げをもう一度確認しました。


特に見直したのは高域です。私の作業環境ではSoundID Referenceによるモニターキャリブレーションを行っています。


劇場チェックでは、作業場でかなり高域を出したように感じていたミックスが、映画館ではむしろ自然なバランスに聞こえました。そこで『冤罪のつくりかた』の5.1ch最終版についても、自分の判断でもう一段だけ高域のバランスを見直しています。


大きく音を変えたわけではありません。繊細なモニター環境で仕事をするマスタリングエンジニアが、「これはまあまあ上げたな」と感じる程度の微調整です。


しかし、こうした最後の数%が、映画館でのセリフの抜けや作品全体の印象に関係してきます。今回の経験によって、「劇場公開作品の最終段階では、フラットなモニター環境で改めて全体を確認する」という工程は、今後の私のワークフローへ確実に組み込むことになりました。


最も印象に残っている、拘置所での接見シーン


今回のMAで特に印象に残っているのが、拘置所での接見シーンです。ガラス越しに人物同士が対面する場面ですが、セリフ、空間、人物の感情。この三つがうまく一つになったシーンだと思っています。


セリフがただ聞き取りやすければいいわけではありません。空間がリアルなだけでも足りません。そこへ人物の感情が自然に重なったとき、観客は初めてその場所へ入っていけます。


今回、最初に完成版を聞いた時と最終マスターを比較して、私自身がもっとも感じた変化もそこでした。作品の音がきれいになった、というより、


作品の空間の中へ入っていけるようになった。

これが一番近い表現だと思います。



プロの演技が、音の仕事まで引っ張っていく


今回改めて強く感じたことがあります。一定規模以上の映画になると、プロの俳優による演技の比率も高くなります。


当たり前のようですが、演技そのものに説得力があると、音の作業も非常に進めやすくなります。「この芝居をどう見せればいいのか」が自然に見えてくるからです。


『冤罪のつくりかた』は演出のテンポも非常に良く、長編にもかかわらず、作業しているこちらまで作品に引っ張られていくような吸引力がありました。音を編集しているというより、映画の続きを一緒に作っている。そんな感覚になる瞬間が何度もありました。


最終的には監督からも「圧倒的に良くなった」という評価をいただき、SNS上でも仕事への感謝を伝えていただけたことは、担当者として素直に嬉しく思っています。


MAエンジニアは「音響機材を扱う人」だけではない


MA・整音エンジニアというと、監督や俳優が知らないプラグインを知っている人、専門的な音響機材を扱う人、という印象を持たれることがあります。もちろん、それも仕事の一部です。


しかし、技術だけを正しく使っても、作品の解釈を間違えれば、映像と音がチグハグになることがあります。


最終的に必要なのは、この作品のどこに光を当てるのか。どこをあえて影にするのか。何を観客へ見せたいのか。その演出意図を理解したうえで音を作ることだと思っています。


場合によっては目の前の映像だけを見るのではなく、原作となった書籍を読んだり、監督の過去作品を確認したりすることも必要です。そうすることで、監督とMAエンジニアの間に生まれる「作品解釈の誤差」を少なくできます。




今回の仕事を通じて、改めてその姿勢を忘れてはいけないと感じました。


映画のMAは、単にノイズを消したり、音を大きくしたり、5.1chに広げたりする作業ではありません。作品をどう解釈し、どの音を前に出し、どの音を引き、観客をどこへ連れていくのか。


そして、映画館でも、配信でも、その演出意図をできるだけ崩さず届ける。その判断まで含めて、映画の音を仕上げる仕事なのだと思います。






劇場公開・映画祭・配信まで見据えた長編映画の整音/MAについて

5.1ch・ステレオ2.0を含め、作品の公開形態に合わせた音響仕上げをご相談いただけます。




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